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日本における学位の歴史

日本では、1878年に東京大学 (1877-1886) に学位授与権(学士号)が与えられ、東京大学は、法学士・理学士・文学士・医学士・製薬士の5つを学位と定めた。当時、他にも工部大学校や札幌農学校が学位を授与していた。明治12年には文部省が学術上功績顕著な科学者を優遇するために学術の発達に寄与するため必要な事業を行うことを目的として、東京学士院が創設された。

1886年に帝国大学令(明治19年勅令第3号)が発布され、翌1887年に学位令(明治20年勅令第13号)が発布された。この学位令では、日本で教育を受けた者や一定の研究を行った者に、大博士または博士の学位を授与することになった。学位制度そのものは西欧の制度に由来するが、日本語としての学位呼称については、古く律令体制下における官職名がモデルとなっている。博士は中国王朝の制度を基につくられた大宝律令官制において設置されていた官名であり、学士という呼称も皇太子の教育官であった東宮学士に由来する。
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1886年、東京大学が帝国大学に改組されて初代総長であった加藤弘之男爵が元老院議官に転進し、その謝恩会が開かれたのが発端となり、同大学卒業生により学士会が創設された。

1887年に発布された学位令では、各博士会の審査を経て、授与権者の文部大臣が授与するものとなった。このため大学が授与できるとされた学士号は称号と位置づけられることとなった。こうして、1887年の学位令発令から1991年の学校教育法および学位規則の改正まで、学士号は学位ではなく称号として扱われた。

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2009年10月23日 02:15に投稿されたエントリーのページです。

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